お風呂は10日に1回。部屋はキレイなのに自分の体は洗えない、私の「セルフネグレクト」のリアル

悲しい表情のななころ。「部屋はキレイなのに、お風呂に入れない。ちぐはぐな生活と、生存戦略としての『洗わない』」というタイトル文字。
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ななころ
ななころ
「セルフネグレクト」という言葉を聞いて、どんな景色を想像しますか?
こころさん
こころさん
やっぱり…ゴミ屋敷とか、足の踏み場もない部屋…でしょうか?

そうイメージする人が多いと思います。
でも、私の部屋は、実はけっこうキレイなんです。

ゴミ出しは毎週欠かさず行けるし、床に物が散乱していることもありません。
性格上、部屋が散らかっていると落ち着かないから、そこだけは保てているんです。
不思議と、部屋からゴミがなくなると、気持ちまで少しスッキリするんですよね。

けれど、その一方で。

私はもう1週間以上、お風呂に入っていません。
歯磨きも、着替えも、満足にできていません。

部屋という「空間」は守れているのに、自分という「人間」のメンテナンスだけが、どうしてもできない。

これは、医学的に厳密な意味での「セルフネグレクト(自己放任)」とは少し違うのかもしれません。
でも、自分の体をケアするエネルギーが完全に枯渇してしまった、あるうつ病当事者のリアルな記録として。

今日は、少し恥ずかしいけれど、私の「洗わない生活」について書いてみようと思います。

お風呂という巨大な壁

うつ病になってから、お風呂は「リラックスできる場所」ではなく、「巨大な壁」になりました。

平均すると、シャワーを浴びるのは7日から10日に1回です。

毎日、「今日こそは入らなきゃ」とは思うんです。
でも、ソファから立ち上がれない。

「服を脱ぐ」「洗う」「拭く」「乾かす」「服を着る」…。
その工程を想像しただけで、脳がフリーズしてしまう感覚。

それに何より、「お湯に濡れたくない」んです。
水滴が肌に触れる感覚や、濡れた髪が重たくなる感覚。
健康なときには気にならなかったそんな些細な刺激が、今の私にはどうしようもなく不快で、億劫で、怖い。

だから、限界まで先延ばしにします。
7日目が過ぎて、頭の痒みがどうしようもなくなり、それがストレスでうつ症状が悪化しそうになったとき。
そこでようやく、重い腰を上げて「処理」としてのシャワーを浴びます。

ちなみに、湯船にはもう7年くらい浸かっていません。
「湯船に浸かってリラックス」なんて、今の私には夢のまた夢のような話です。

パジャマと歯ブラシの攻防

「洗えない」のは体だけではありません。

夜の歯磨きが、どうしてもできません。

一日の終わりにはもう、HP(体力)がゼロどころかマイナスになっているからです。
口の中が気持ち悪いとは感じていても、洗面台に立って腕を動かす気力が、一滴も残っていない。

その代わり、朝起きたときの強烈な不快感に背中を押されて、朝だけはしっかりとオーラルケアをします。
「健康のため」という前向きな理由ではなく、「気持ち悪いからなんとかする」という、消極的な防衛策としての1日1回です。

着替えもそうです。
基本的に家から出ないので、一日中パジャマで過ごしています。

「汚れることをしていないから、着替えなくていい」。
そう自分に言い訳をして、同じ服で朝を迎え、夜を迎えます。

たまにコンビニに行くときだけ、ジャージに着替えます。
それは身だしなみというより、社会に紛れ込むための「変身」のようなもの。
帰ってきたらまたすぐに、パジャマという抜け殻に戻ります。

ヒゲ剃りも3日に1回。美容院は半年以上行かないこともザラ。
髪が伸びてどうしようもなくなったら、ようやく切りに行く。

すべてが「限界が来てから対処する」という、後手後手の繰り返しです。

部屋は片付くのに、なぜ自分は放置なのか

「お風呂に入れないくらい辛いのに、どうして部屋はキレイなの?」

そう不思議に思われるかもしれません。
私自身、このちぐはぐさにずっと苦しんできました。

おそらく、私の中に残っているわずかなエネルギーを、すべて「空間の維持」に全振りしているからだと思います。
性格的に、視界にゴミが入ると落ち着かない。
だから、最後の力を振り絞ってゴミをまとめ、床掃除はロボット掃除機に任せる。
そうやって、なんとか環境だけは維持しています。

でも、その代償として、自分自身に向けるエネルギーが残高不足になっているのです。

食事に関してもそうです。
朝と昼は、納豆、卵、冷凍うどん、インスタントラーメン…。
「作る」という工程を極限まで削ぎ落としたものを、ただエネルギー補給として胃に入れています。

もし一人暮らしだったら、食生活も完全に崩壊していたかもしれない。
夜、妻がバランスの良い食事を作ってくれること。
それだけが、私の生活を人間らしいものに繋ぎ止めてくれています。

生存戦略としての「洗わない」

この生活を「だらしない」と責める声が、自分の中からも聞こえてきます。
「いい大人が、お風呂くらい入れよ」と。

でも、最近はようやく、こう思えるようになってきました。

これは、今の私が生き延びるための「省エネモード」なんだ、と。

スマホのバッテリーが残り数パーセントになったら、画面を暗くして、余計なアプリを落としますよね。
それと同じです。

今の私にとって、「清潔であること」よりも「今日を生き抜くこと」の方が、優先順位が高い。
限られたエネルギーを「命をつなぐこと」に使っているから、お風呂や歯磨きに回す分が残っていないだけ。

お風呂に入らなくても、今日どうにかなるわけじゃない。
パジャマのままでも、誰に迷惑をかけるわけでもない。

「痒くなったら入る」。
「伸びたら切る」。

そのギリギリのラインで、私は今日もしぶとく生きています。

部屋が片付いているだけでも、今の私にとっては十分、偉いじゃないか。
妻のご飯をおいしく食べられたなら、それだけで上出来じゃないか。

キレイサッパリとはいかないけれど、泥臭く、人間臭く。
今日も私は、私なりの「生存戦略」で一日をやり過ごしています。


もし、少しだけ「お風呂に入れない時の対処法」を知りたくなったら、以前まとめたこちらの記事も参考にしてみてください。

参考:「お風呂に入れない」自分をもう責めないで。うつ病当事者が教える“入らない”清潔ケア

免責事項
※本記事は個人の体験談であり、医学的な助言ではありません。症状や回復の過程には個人差があります。治療方針については、必ず主治医にご相談ください。

お気軽に感想をどうぞ

  1. 自分のことのように記事を読ませていただきました。
    わたしはうつはだいぶ寛解してきているのに、お風呂、シャワーだけがどうしても入れません。冬場は7日~10日入れない日々。。
    なのに部屋は綺麗なんです。ななころさんと同じで部屋が片付いていないと落ち着きません。
    顔洗い歯磨きも寝る前になんとかと言う感じで、それすらもできないときもあります。
    仕事(出張)の時だけはホテルに帰ってきて座ってしまったら立ち上がれないので、帰ってきて速攻で浴びます。夏場でもたまに髪の毛だけ洗えない日もあります。
    ただの面倒くさがりなのかな、、と自分を責めたこともありますし、限界まで入れない自分はお風呂にすら入れないのか、、と落ち込む日々。
    お風呂に入れないからお出かけする回数も減りました。予定をなるべく入れないようにしています。
    お湯に濡れなくないのもとても共感しました。髪が重くなるのが不快で、それもお風呂離れを加速させていると思います。
    わずかなエネルギーをすべて「空間の維持」に全振りしている、、なのか、、
    仕事のないときは一日のほとんどをベッドの上で過ごしてうつも寛解してきている。疲れることは何一つしていないのにベッドから出られない怠け者なのか、僅かに残っているうつの元がそうさせているのかは分かりませんが、こうして記事を読むことで同じ人が居るんだ、と心が軽くなりました。
    お互い自分のペースでお風呂と付き合っていけたらいいですね。

    • とうふさん、コメントありがとうございます。

      私と似た境遇なんですね。
      うつは寛解しているけどシャワーが浴びられないというのは、ひょっとしたら「うつ経験者あるある」なのかもしれませんね。
      うつになる前は当たり前のように毎日浴びられていたのに、それができなくなるのはお互いツラいですよね…

      私も同じ境遇の人がいて、安心しました。
      怠けてるわけではなく、エネルギーの枯渇はあるかもしれません。
      少しずつペースを縮めていけられるようにしたいですね。

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