2026年1月14日、水曜日。
松の内も明け、世間がすっかり日常のリズムを取り戻した平日の昼下がり。
私は今年初めて、電車に乗りました。
隣駅への、ほんの小さな冒険です。
目的は、妻とのカラオケ。
これもまた、今年初めてのことでした。
行きの車内はがらんとしていて、窓から差し込む冬の日差しが、シートの埃を照らしています。
その静けさは、今の私の社会との距離感そのもののように思えました。
「久しぶりだね」
そう笑い合う私たちは、まだこの時、自分たちの体力を過信していたのかもしれません。
歌いたい心と、ついていかない体
私たちは昔から、時間を気にせず歌えるフリータイム派です。
久しぶりのマイク、馴染みの曲。
最初の1時間ほどは、懐かしい楽しさに包まれていました。
声を出すこと自体が久しぶりで、調子は良くなかったけれど、それすらも笑い話にできました。
けれど、2時間が過ぎた頃でしょうか。
急に、スイッチが切れたように体が鉛のように重くなりました。
楽しいはずなのに、頭がぼんやりして、歌詞が目に入ってこない。
寝不足だったのかもしれませんが、それ以上に「楽しむためのエネルギー」が枯渇したような感覚でした。
「ごめん、ちょっと横になる」
私はソファにごろりと横になりました。
妻はマイクを握ったまま歌い続けています。
BGMのように流れてくる妻の歌声を背中で聴きながら、私は薄目を開けて天井を見上げました。
「どこでも寝られるのが特技だから」
心の中でそんな強がりを呟いてみても、情けなさが胸に滲みます。
引きこもり生活が長くなり、体力は確実に落ちていました。
心は「もっと歌いたい」と叫んでいるのに、体が「もう無理だ」と悲鳴を上げる。
このちぐはぐな感覚が、リハビリ期のリアルなのかもしれません。
30分ほど目を閉じていると、不思議と力が戻ってきました。
起き上がって再びマイクを握りましたが、それは以前のような無尽蔵のエネルギーではなく、休み休み、騙し騙し使う、頼りないバッテリーのようでした。
居酒屋のざわめきと、緊張の糸
カラオケを出た私たちは、キャンペーンで当てた食事券を使うため、近くの居酒屋に向かいました。
居酒屋なんて、コロナ禍になる前に行って以来です。
開店直後の17時。
まだ空いているだろうという予想は外れ、店内はすでに半分ほど席が埋まっていました。
「いらっしゃいませ!」
活気のある声。
食器が触れ合う音。
話し声。
そのすべてが、今の私には少し刺激が強すぎました。
私はもともと、静かに食事ができる個室が好きです。
けれど、案内された席からは他の客の姿が見え、視線を感じてしまいます。
美味しいはずの料理を口に運びながらも、どこか気が休まらない。
「大丈夫?」と妻が気遣ってくれましたが、私は「うん」と答えるだけで精一杯でした。
早くこの場を離れたい、という焦りと、せっかくの食事を楽しめない自分への苛立ち。
結局、店にいたのは1時間20分ほど。
お腹は満たされましたが、店を出た瞬間にどっと押し寄せたのは、満足感ではなく「任務を完了した」という安堵感と、凄まじい疲労感でした。
それでも、「居酒屋に行けた」という事実は、確かな前進のはず。
帰りの電車、ガラス越しの「あちら側」
帰りの電車は、行きとは別世界でした。
時刻は18時半過ぎ。
車内は、仕事を終えて帰宅する会社員たちでごった返していました。
吊り革につかまり、スマホを見たり、音楽を聞いたりしている彼ら。
その顔には、一日の労働を終えた「真っ当な疲れ」が滲んでいるように見えました。
一方、私は…。
平日の昼間からカラオケに行き、お酒を飲んで、勝手に疲れている無職の自分。
すぐ隣に立っているのに、彼らと私の間には、分厚いガラスの壁があるようでした。
(私はまた、あの世界に戻れるのだろうか)
スーツ姿の男性の背中を見ながら、ふとそんな不安がよぎります。
今の私には、彼らが住む「社会」という場所が、とても遠く、眩しく、そして恐ろしい場所に思えました。
楽しさの対価は「泥」になること
案の定、翌日の私は泥のようになりました。
朝起き上がることもできず、鉛のような体を布団に沈めながら、昨日の出来事を反芻します。
心身ともに疲弊しきって、何もできない一日。
以前なら、「たった数時間の外出でこれか」と自分を責めていたでしょう。
でも、今は少しだけ違います。
この動けない時間は、昨日あんなにも心を動かした「対価」なのだと思います。
電車に乗った。
歌った。
知らない人がいる店で食事をした。
たくさんの刺激を浴びて、私の脳と体はフル回転で処理をしてくれたのです。
だから今のダウンは、故障ではなく、クールダウンの時間。
社会との距離に怯え、体力のなさに落ち込むこともあるけれど。
「行けた」という事実だけをポケットに入れて、今日はもう、泥のように眠ろうと思います。
久しぶりの外出、皆さんはどう乗り越えていますか?「楽しかったけど疲れた」、そんな日は自分をたっぷり甘やかしてくださいね。



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