2026年4月29日。
カレンダーの上では、今日から大型連休が始まる。
GWを家で過ごすことに、少しだけ居心地の悪さを感じている人もいるかもしれない。
プチひきこもり生活を送る私にとって、世間の祝祭感はどこか遠い世界の出来事だ。
けれど今日、いつものように昼間のコンビニへ足を運んだとき、ふいにその「波」が足元まで届いていることに気づいた。
普段の平日なら、静まり返っているはずの住宅街。
そこには、明るい声を上げて走り回る小学生たちの姿があった。
「ああ、今日から休みなんだな」
彼らの無邪気な姿が、私にカレンダーの色彩を教えてくれる。
部屋に戻り、メールボックスを開くと、今度はデジタルな世界からも連休の便りが届いていた。
カスタマーサポートからの「休業のお知らせ」が並ぶ。
画面の向こう側でも、多くの人がパソコンを閉じ、日常から離れていく。
そんな小さな違和感の積み重ねが、静かな私の部屋に、ほんの少しの非日常を連れてくる。
SNSを開けば、インスタやXにはキラキラとした旅先の写真がちらほらと流れ始めている。
青い海、色鮮やかな料理、見たこともない街並み。
かつての私なら、そんな投稿を見ては、今の自分と比較して「羨ましい」というトゲを心に刺していたかもしれない。
けれど不思議なことに、今の私は、その写真を眺める時間が嫌いではない。
むしろ、誰かが切り取ってくれたその景色を借りて、
自分の部屋にいながら「疑似旅行」を楽しんでいる感覚だ。
「へぇ、今はこんな素敵な場所があるんだ」
「この空気、気持ちよさそうだな」
自分が行けないからこそ、誰かの「楽しい」をお裾分けしてもらう。
そんな情報の受け取り方を覚えてから、部屋にいながらでも、私の世界は少しだけ広くなった気がする。
ふと思う。
今、この瞬間、画面の向こう側にいる人たちは、どんな空を見上げているのだろうか。
体調が悪くて、カーテンを閉め切ったまま動けない人。
真っ白な天井を見つめながら、病院のベッドで耐えている人。
世間が休む中、生活のために必死に働いている人。
そして、体調の波を乗り越えて、今の休みを精一杯謳歌している人。
同じ「うつ」という荷物を背負っていても、私たちの過ごすGWは、きっと百人百様だ。
みんな、この「世間の浮足立った空気」を、それぞれの場所で、それぞれの速さでやり過ごしているのだと思う。
無理にカレンダーの色に自分を塗り替える必要はない。
部屋で静かに過ごす今日が、誰かにとっての「正解」でなくても、私にとっては穏やかで大切な一日だ。
いつか。
もう少しだけ、心と体の足並みが揃う日が来たら。
海外旅行のような遠出じゃなくていい。
隣の街まで、あるいは少し大きな公園まで。
そんなささやかな「日帰り旅行」に出かけられる日を、ゆっくりと夢見ていたい。
今はまだ、コンビニまでの道のりに咲く小さな花を眺めるだけで十分。
私のGWは、そんな静かな歩幅で始まっていく。


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