この記事では、うつ病で働けなくなった方が、生活保護の申請から受給、社会復帰までの流れを、厚生労働省のデータと実例をもとにやさしく解説します。
「これから、どうしたらいいんだろう…」と、ひとりきりで悩んでいるあなたへ
うつ病で思うように働けない。
治療にはお金がかかるのに、貯金はどんどん減っていく。
「誰にも相談できない」
「将来がまったく見えない」
そんな不安と焦りの中で、この記事を読んでくださっているのかもしれません。
そして、頭の片隅に「生活保護」という言葉が浮かんでも、「世間の目が怖い」「不正受給だと思われたら…」「一度受けたらもう這い上がれない」といったネガティブなイメージが、あなたをさらに苦しめていませんか?
私自身は生活保護の体験者ではありません。
しかし、同じように悩み、この制度を「再出発へのジャンプ台」として人生を立て直した方々の話を、実際に何人も聞いてきました。
この記事では、うつ病で会社を退職した30代・一人暮らしの「Aさん」をモデルケースとして、生活保護が「人生の終わり」ではなく、安心して心と体を休め、もう一度自分の人生を歩み始めるための『権利』であり『希望』であることを、一緒に見ていきたいと思います。
申請前に知ってほしい|生活保護への不安と3つの誤解
制度の詳しい話に入る前に、多くの人が抱えている「生活保護」への誤解を、事実を元にひとつずつ解いていきましょう。
誤解1:「恥ずかしい」「迷惑をかける」は間違い。これはあなたの『権利』です
生活保護は、決して「恥ずかしいこと」や「誰かに迷惑をかけること」ではありません。
これは、日本国憲法第25条で定められた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するための、国の制度です。
病気やケガ、失業など、誰の身にも起こりうる困難な状況に陥ったとき、国に助けを求めるのは、私たち国民に与えられた当然の『権利』なのです。
誤解2:「不正受給のニュースばかりで、世間の目が怖い」
実際には、ほとんどの人が病気や失業といった、やむを得ない事情でこの制度を利用しています。
ニュースで大きく取り上げられる不正受給は、ごく一部です。
厚生労働省の報告によると、令和5年度の不正受給は、金額ベースでは保護費総額の約0.4%、件数ベースでは保護を受けている全世帯のうち約2.2%となっています。
本当に支援が必要なあなたが、一部の心ない声のために、助けを求めることをためらう必要はまったくありません。
誤解3:「一度受給したら、もう這い上がれない」
「生活保護=人生の終わり」というイメージがあるかもしれませんが、これも誤解です。
生活保護は、生活の基盤を支えるだけでなく、再び自立するための支援を行う制度でもあります。
実際に、令和5年度中には約14.1万世帯(全保護世帯の約8.7%に相当)が就労などによって保護から自立(廃止)しています。
この制度を「再出発までのセーフティネット」として活用し、社会復帰を果たしている人たちがいることを、どうか忘れないでください。
【STEP 1】Aさんのケースに見る「申請の準備」
Aさんは、まず何から始めたのでしょうか。
申請に至るまでの準備段階を見ていきましょう。
準備1:私は対象?生活保護を受けられる4つの条件を確認
原則として、生活保護は以下の4つの条件をすべて満たす場合に受給の対象となります。
Aさんの状況に当てはめて見てみましょう。
- 資産の活用
預貯金、生命保険、土地、車など、活用できる資産はまず生活費にあてることが原則です。
※iDeCoなどの私的年金は、60歳未満で解約できない場合は資産と見なされないことが多いですが、脱退一時金を受け取れる場合などは資産として申告が必要です。公的年金は「収入」として扱われます。
→ Aさんの預貯金は10万円以下。他に資産もないため、条件を満たします。 - 働く能力の活用
働ける状態であれば、その能力に応じて働く必要があります。
→ Aさんはうつ病の診断書があり「就労困難な状態」のため、条件を満たします。 - 他の制度の活用
年金や手当など、他の公的制度が利用できる場合は、そちらを優先します。
→ Aさんは傷病手当金と失業保険は受給済み。障害年金も申請しましたが、残念ながら認定には至りませんでした。住宅確保給付金なども検討した上で、生活保護を申請することにしました。 - 扶養義務者からの援助
親、きょうだい、成人した子供など(原則3親等以内)からの援助が受けられないか確認されます。
→ Aさんの親は経済的に余裕がなく、きょうだいとも疎遠。福祉事務所から親族へ援助の可否を問い合わせる「扶養照会」※に不安を感じましたが、あとで説明する相談窓口で「照会は原則だが、事情があれば断れる場合がある」と聞き、少し安心しました。
※扶養照会とは、福祉事務所が親族に対し、援助が可能かを手紙などで確認することです。
準備2:ひとりで悩まないで。最初の相談窓口へ
条件を確認し、不安でいっぱいだったAさん。
Aさんが最初にしたことは、通院先の病院にいる医療ソーシャルワーカー(MSW)に「お金のことで困っている」と相談することでした。
MSWは親身に話を聞いてくれ、制度について分かりやすく説明し、必要であれば福祉事務所への同行支援も行ってくれる場合がある、と教えてくれました。
この一歩が、Aさんの状況を大きく変えるきっかけとなったのです。
【STEP 2】Aさんのケースに見る「申請手続きのリアル」
MSWという心強い味方を得たAさん。いよいよ申請手続きに進みます。
- 手続き1福祉事務所での「事前相談」MSWに付き添ってもらい、お住まいの自治体の福祉事務所へ。
想像していたような冷たい対応はなく、担当者は「淡々とした口調の、ごく普通の職員さん」という印象。
厳しい質問はなく、Aさんの状況(病状、収入、資産、家族関係)についてマニュアルに沿って質問されました。MSWの助言通り「生活保護を申請したい」という意思をはっきりと伝え、申請書類を受け取れました。 - 手続き2申請に必要な書類の準備Aさんが準備した主な書類は以下の通りです。
- 生活保護申請書、資産申告書など(福祉事務所で渡されるもの)
- 保有する全ての銀行口座の通帳コピー(または取引履歴)
※Web通帳の場合は、取引履歴を印刷して提出します。 - 賃貸契約書のコピー
- うつ病の診断書
- 国民健康保険証(またはマイナンバーカード)
- 手続き3ケースワーカーの「家庭訪問」申請から数日後、ケースワーカーがAさんのアパートを訪問。
緊張するAさんでしたが、確認されたのは主に「申請内容と実際の生活状況に相違がないか」という点でした。- 家財の確認:テレビ、冷蔵庫といった生活必需品以外の、高価な家具やブランド品などがないかを部屋全体を見て確認。
- 生活状況のヒアリング:「普段の食事はどうしているか」といった、暮らしぶりの簡単な質問。
- 賃貸契約書の確認:家賃が正しいかの確認。
プライベートを詮索されるというよりは、事務的な確認が中心だった、という印象です。
- 手続き4受給決定の通知申請から結果が出るまでの期間は、原則14日以内(最長30日)とされています。
Aさんの場合、申請から約2週間後、無事に「保護開始決定通知書」が郵送で届きました。通知書を手にし、Aさんはようやく安堵のため息をつきました。
【STEP 3】受給中の暮らしFAQ|お金、仕事、やっていいこと・ダメなこと
受給が決まり、少し落ち着いたAさん。
しかし、生活する上での疑問は尽きません。
ここでは、多くの人が気になる疑問にお答えします。
Q1. スマホやパソコンは持っていてもいいの?
はい、社会生活に必要と判断されれば保有できる場合があります。ただし、社会通念上、著しく高価な機種は指導の対象になる可能性があります。
Q2. 売れるものは全部売らないとダメ?
生活に不要な資産(自家用車、ブランド品など)は、原則として売却して生活費にあてるよう指導されます。
※通院など特別な事情で車の保有が認められる場合もあります。
Q3. たばこやお酒、パチンコは?娯楽はどこまで許される?
「健康で文化的な最低限度の生活」の範囲内であれば、たばこやお酒などの嗜好品も認められます。しかし、パチンコなどのギャンブルは、生活再建の妨げになるとして厳しく指導されることがほとんどです。
Q4. 親族から援助(仕送りなど)を受けてもいいの?
はい、受けること自体は問題ありません。ただし、受け取った援助はすべて「収入」として申告する義務があります。申告した金額分だけ保護費が減額される仕組みです。もし申告を怠ると不正受給とみなされ、保護費の返還や罰則が科される場合があるため注意が必要です。
Q5. 抜き打ちのチェックや調査はある?
「抜き打ち」というより、ケースワーカーによる定期的な家庭訪問(数ヶ月に1回程度)があります。また、年に一度、資産状況の申告が必要です。
Q6. アルバイトを始めたら、その分保護費は全額減るの?
いいえ、全額ではありません。収入から経費や基礎控除が差し引かれ、その残りの金額分だけ保護費が減額されます。「働いただけ損をする」仕組みにはなっていません。
Q7. 医療費はどうなる?通院や薬代は?
「医療扶助」により、指定医療機関での医療費は自己負担が原則0円になります。お金の心配なく治療に専念できます。
Q8. 引っ越しはできる?
やむを得ない事情がある場合、ケースワーカーに相談し承認を得られれば、可能な場合があります。
Q9. ペットは飼っていても大丈夫?
自治体の判断によりますが、既に飼っている場合は一代限りで認められることが多いです。ただし、ペットフード代などは自己負担となります。
【STEP 4】うつ病から社会復帰へ|Aさんが生活保護を「卒業」するまで
お金の不安から解放されたAさんは、安心して治療に専念できるようになりました。
そして、ゆっくりと回復への道を歩み始めます。
回復期:「もう一度働きたい」と思えた日
受給開始から約1年半。
十分な休養と治療のおかげで、Aさんの心と体は少しずつ回復していきました。
そしてある日、「少しずつでもいいから、社会と関わりたい」と自然に思えるようになったのです。
Aさんはその気持ちを、ケースワーカーに正直に伝えました。
再挑戦期:社会復帰を支えるサポート制度の活用
ケースワーカーはAさんの気持ちを尊重し、焦らず、段階的に進めるようアドバイスをしてくれました。
- 就労準備支援事業:まずは生活リズムを整えるプログラムから参加。
- ハローワークの専門支援:専門の相談員と、週3日の短時間アルバイトの仕事を見つける。
- 就労自立給付金:就職が決まり、安定した収入が見込めるようになった時点で支給されるお金で、仕事用の服や靴を新調。
卒業:そして、Aさんの今
Aさんはアルバイトを始めて半年後、収入が最低生活費を安定して上回るようになり、生活保護からの「卒業(廃止)」を迎えました。
現在も同じ職場で働き続け、「いつかは正社員に」という目標を持って、前向きな毎日を送っています。
まとめ|生活保護は、あなたの人生を立て直すための「権利」であり「希望」です
うつ病で働けず、一人で悩んでいるあなたへ。
生活保護は、決して恥ずかしいことでも、人生の終わりでもありません。
それは、あなたが安心して休み、心と体を回復させ、もう一度未来へ向かうための大切な時間と環境を与えてくれる、憲法で保障された国民の『権利』です。
今あなたが感じている絶望は、決して永遠には続きません。
どうか一人で抱え込まず、勇気を出して「誰か」に相談してみてください。
その小さな一歩が、あなたの明日を必ず変えていきます。
最初の一歩を踏み出すために
お住まいの地域の福祉事務所を探してみましょう。もし一人で行くのが不安なら、病院の医療ソーシャルワーカーや、生活困窮者を支援するNPO団体に相談し、同行を依頼することもできます。
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